大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)6号 決定

抗告人

林伸吉

右代理人

吉田暉尚

相手方

須田正子

相手方

林秀久

相手方

林政廣

相手方

林資子

以上四名代理人

伊礼勇吉

相手方

林千代子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原審判を消し、本件を東京家庭裁判所に差戻す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  抗告人の抗告理由1について

抗告人は、被相続人林信八郎死亡当時同人が合計金一二〇七万二二九〇円の債務を負担していたところ、原審判が右消極財産を相続財産の範囲から除外したのは違法である旨主張するが、遺産分割の対象となる相続財産は被相続人の有していた積極財産だけであり、被相続人の負担していた消極財産たる金銭債務は、相続開始と同時に共同相続人にその相続分に応じて当然に分割承継されるものであるから、原審判が抗告人主張の金銭債務を遺産分割の対象となる相続財産から除外したことをもつてその違法をいうことはできない(なお、仮に抗告人主張の金銭債務が遺産分割の対象となる相続財産に含まれるとの見解に立つたとしても、原審記録によれば、右金銭債務は弁済によつて既に消滅し原審遺産分割審判時においては現存していないことが認められるから、いずれにしても右金銭債務は遺産分割の対象となる相続財産には該当しない。)。よつて、抗告人の右主張は理由がない。

2  抗告人の抗告理由2について

(一)  抗告人は、相続開始後本件遺産の維持管理に当つてきたから、右遺産に対する相続開始後における抗告人の寄与分も相続開始前におけるそれと同様に本件遺産から控除すべきであると主張する。そこで判断するに、本件記録によれば、抗告人は被相続人の死亡後被相続人が林商店の商号を用いて営んでいたフェルト加工卸、販売の営業を事実上単独で承継し、本件遺産のうち原審判添付別紙物件目録(3)の建物の一部及び他に賃貸している同目録(1)の土地の一部を除いてその余のすべてを右林商店の営業所・倉庫等として自己の営業のために使用を継続し、それによつてその間相当の収益を上げながら他の相続人からする遺産分割の申出を拒否して今日に至つていることが認められるから、抗告人が抗告人を含む本件共同相続人の共有にかかる本件遺産についてした右管理行為は共同相続人全員のためにする意思をもつてしたものとは認め難く、もつぱら自己の営業のためにする意思をもつて本件遺産を管理してきたものと認められる。そうすると、仮に抗告人が本件遺産を管理したことにより結果的に本件遺産が維持されたとしても、それは抗告人の自己のためにする行為の結果そうなつただけのことであるから、抗告人は本件遺産が維持されたことについてその寄与分を主張できる関係にないというべきであり、また本件遺産の管理についてその報酬を請求し得る立場にないこともいうまでもない。

また仮に、相続開始当初抗告人以外の相続人が抗告人に対し本件遺産の管理を黙示的に委託し、抗告人は右委託に基づいて本件遺産を管理してきたとしても、抗告人が右委託に基づく管理の域を超えて自己のためにする意思をもつて自己の営業に利用してきたものであることは右に認定したとおりであるから、抗告人が本件遺産の管理について費した労力のすべてをもつて本件遺産の維持に貢献したものと評価することはできないというべきところ、本件記録によるも抗告人の管理行為自体による寄与の程度を確定するに足りる資料はない。むしろ、本件記録上共同相続人らが抗告人に本件遺産管理にかかる報酬を支払うことを約定したことを認めるに足りる資料がないことからすれば抗告人はその余の相続人に対して遺産管理にかかる報酬を請求できる地位にないこと、及び相続開始後の日時の経過に伴う土地価格の騰貴により本件遺産の評価額が変動したことを別とすれば、抗告人の管理行為自体により本件遺産の価額が増加したことを認めるに足りる資料がないことを勘案すれば、抗告人が本件遺産の管理に労力を費したとしても、それを理由として寄与分を主張できる場合には該当しないというべきである。また、抗告人は本件遺産につき公租公課等の管理費用を出捐したと主張するが、抗告人が出捐したとする管理費用は相続財産の管理費用として別途に相続財産のうちから支弁すべきものであるから(民法八八五条)、寄与分算定の際にしん酌すべき性質のものではない。

よつて、抗告人の本件遺産に対する管理行為自体を理由とする寄与の主張は理由がない。

(二)  次に抗告人は相続開始後相手方弟妹らの生活費、学費、婚姻費用、入院治療費等を自己の営業収入の中から負担することにより、相手方らがこれらの費用を捻出するため遺産の一部を処分することを免れ、今日まで本件遺産が維持されてきたのであるから、抗告人の右出捐を抗告人の遺産に対する寄与分として認めるべきであると主張する。そこで検討するに、本件記録によれば、相続開始当時相手方林秀久、同林政廣、同林資子は未成年者であり、抗告人はこれら弟妹の生活費等を扶養義務の履行として林商店の営業収入の中から支出したことが認められるが、抗告人が主張する右営業収入は、抗告人が被相続人の経営する林商店の動産、不動産、信用、のれん等有形無形の資産一切を事実上承継し、これを利用して上げた収益であるから、それが抗告人の経営上の手腕及び労力によることが大であるとしても、右収益の全部をもつて抗告人に帰属するとみることは相当ではなく、右営業用資産については、少くともその賃料相当の使用料が、相続財産の果実に準ずるものとして相続財産に帰属するとみるのを相当とするところ、抗告人が出捐したと主張する弟妹らの生活費等の金額を確定するに足りる資料はなく、また右生活費等に前記管理費用を加えた抗告人の出捐額が林商店の営業資産の使用料を上廻ることを認めるに足りる資料はない。そうすると、抗告人の右出捐額は林商店の営業用資産の使用料と差引き相殺すべきものと認めるのを相当とする。よつて、抗告人の右寄与の主張は理由がない。

3  抗告人の抗告理由3について

抗告人は本件遺産中に抗告人の退職金をもつて建築した建物が混入している旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

4  本件記録を精査しても原審判を取消すべき事由を見い出すことはできない。

5  よつて、原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき家事審判法七条、非訟事件手続法二五条、民事訴訟法四一四条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(渡辺忠之 藤原康志 渡辺剛男)

〔抗告の理由〕

一 原審判には、つぎの如き事実誤認及び審理不尽がある。

1 原審判の本件遺産の価額として、別紙物件目録記載(二)の事業用財産の価額が合計一五、八六一、五三九円相当であることは当事者間に争いないと認定しているが、これは同審判に添付された別紙物件目録(二)の事業用財産の合計額を記入したにすぎない。

被相続人林信八郎が死亡当時、林商店には相続財産の負債額について、相続開始時の負債額が金一二、〇七二、二九〇円存在したことに当事者間に争いない事実である(昭和五四年一〇月九日付(申立人)相手方提出の準備書面で、相手方もこれを認めている)。

然るに、原審判においては、事業用財産として、積極財産のみを掲げ、その消極財産について、相続財産の範囲からこれを除外しているのは事実誤認である。

2 抗告人林伸吉の相続財産に対する寄与の主張について、原審判は「相続開始の当初、相手方千代子をはじめ他の相続人らが、長兄であり被相続人及び相手方千代子らから家業承継者として期待されていた相手方伸吉に対し、暗黙に相続財産の管理を委ね、かつ被相続人の経営していたフェルト加工、卸、販売の営業上の業務執行代表者を相手方伸吉に黙示に定めたものとする組合類似の関係に基くものと見るのを相当とする」と認定している。

従つて、各相続人は遺産分割に至るまで各自の相続分の割合による出資をした組合員と同様の地位にあると認定し、相手方伸吉の本件分割に際しての寄与分の主張はこれを認め得ずと断定する。

然し、そもそも相続開始後、分割未了の間の法律関係につき、組合類似の関係と断定することが独自の見解であり、法律解釈又は適用の誤りというべく理解に苦しむ。

このことは、次の如き事例を設定することによつて、その不合理性が一層明白になる。

例えば、林伸吉が林商店の経営を相続開始と同時に中止して他に就業していたと仮定する。(現実、林千代子は、林商店の経営には全く従事しておらず、須田正子は、三省堂薬局に勤務しており、林和代は、当時一六歳で高校生であり、林秀久は一四歳で中学生、林政広は一三歳で中学生、林資子は一一歳で小学生であつた)。

林家は、まず生活費に追われ、相続財産の一部を他に売却等処分して生活費に充てたことは想像に難くない。

弟妹らの生活費、学費、婚姻費用、入院費、治療費その他諸々の費用を、林商店の事業を維持継続し、その結果得られた収益によつて、全て負担されたものであり、それ故に相続財産が維持され今日に至つているのであり、これこそ林伸吉の相続財産に対する寄与分であり、多大なものというべきである。

林伸吉を除く他の弟妹らは、他に就職しサラリーを得て、自己財産を蓄積しており、分割の対象とはされず、一方、林伸吉は、林商店によつて得た収益は、形を変えて相続財産の維持に多いに役立つているが故に分割の対象とされている。かかる場合に寄与分を全く認定しないのは、相続人間の不公平も著しいといわねばならない。相続開始後の林伸吉の寄与分を全く無視した原審判は事実誤認又は審理不尽であるとのそしりを免れない。〈以下、省略〉

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